くまがいく

探検家くまがいく 

日本最初の野外フェス 伝説の中津川フォークジャンボリー

第3回全日本フォークジャンボリー1971年8月7日~9日

岐阜県恵那郡坂下町(現在の中津川市椛の湖(はなのこ)湖畔

中津川フォークジャンボリー

フォークシンガーや、日本最初のロックシンガー

アンダーグラウンドサブカルチャーのパイオニア、飛び入り参加ミュージシャン枠もある

 

日本初の野外フェス、3回目で出演者も観客も暴徒化し、討論会で締めくくられフェスは終演した。

伝説のフォーク野外フェスである。

 1969年8月  69年フォークジャンボリー 公式ブログ

 

!!2009年に38年ぶりに復活開催されてた! http://jamboree09.exblog.jp/i6/4/

2009年 ジャンボリーツアー。いいね! 

 

中目黒のうちの近所で、桜の時期になると沢山の酔っぱらいが叫んでいます、きっとなにか叫びたいんでしょう。迷惑行為だと思っていましたが、この昭和のフォークジャンボリーや若い時の吉田拓郎を見ていたら、いつの時代も、叫びたいんだなって感じました。

 

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1971年 3年目の第3回目

 

吉田拓郎がキレて、2時間 ”人間なんて ラ ラーラーラ ララ”を歌い続けた伝説のステージ。(その後、大ヒットした)

  

元祖 野外フェスの謎 

おそらく71年に大学生だとして、今60代の世代 あついです。

 

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画像参照 フォークジャンボリー ブログ

Wiki 

 

伝説1、サブステージで演奏する吉田拓郎のマイクトラブル

    嫌がらせで、”人間なんて”をマイク無しで2時間歌い。

   (吉田拓郎は野外コンサート J-POPの開祖)

 

2、主催者 地元中津川の若者達が実行委員会、レコード会社2社(レコーディング テレビ収録)と出演者とのトラブル。出演順、メインステージとサブステージの分け方で反発。

 

3、2日目の夕方、数百人にも満たないサブステージで演奏をはじめた吉田拓郎は、

   主催者側の商業主義に反発し、盛んに観客を煽る

 

4、ステージの取り合いをした。小室等が先導し”メインステージに行こう!”

  サブステージからメインステージになだれ込んだ  

 (1975年 日本で戦後から権威的な音楽業界初の、アーティストによるレコード会社設立、 フォーライフレコード初代社長 小室等 副社長 後藤由多加

     取締役 井上陽水吉田拓郎泉谷しげる

 

5、前日の雨で会場の環境も悪かったり、観客の不満も鬱積して、ステージを、ベ平連系(ベトナム戦争反戦平和運動団体)の若者を中心とした観客が占拠

 

6、舞台を目がけて花火が打ち込まれ、観客と主催者と、朝6時まで討論会となりそのままコンサートもフェードアウト

 

7、暴徒化した観客が岡林信康を目掛けて殺到したが岡林は会場に残るつもりでいた

  スタッフが説得し岡林を帰したため、より吉田との主役交代を印象付ける事となった

  (フォークの神様 岡林はこれをきっかけに活動休止 農耕生活をするが4年後に復帰) 

 

 

8、なぎら健壱は、「拓郎は観客にうけてなく、殺してやるといっていた奴の方が多かった」などと話している(なぎら健壱は、ジャンボリー飛び入り参加がきっかけでデビュー。)

 

9、サブステージの運営を10万円で請け負っていた後藤由多加が、客に酒を飲ませ煽動していた?(吉田拓郎のマネージャー フォーライフレコード 副社長 )

 

11、フェスの数日前に行われていた、広島の被爆者慰霊碑に当時の首相・佐藤栄作が献花に訪れた際、火炎瓶を投げつけて機動隊から逃れ中津川まできた人たちがいた?!

  

暴徒化したステージ  

”いいか!聞いてくれ!” ”舞台を壊すの止めて下さい”

”僕たちはフォークを聞きに集まっているんですよ”

”僕たちは討論しようって言ってんですよ”

”僕たちも1000円払って参加しているんですよ”

 ”ここで主催者側と討論するって決まったんですよ”

 

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出演者 

 

あがた森魚 浅川マキ 五輪真弓 岩井宏 遠藤賢司 小野和子 岡林信康 加川良 金延幸子 かまやつひろし カルメン・マキ ガロ はしだのりひことクライマックス 斉藤哲夫 ザ・サード ザ・ディランII シティ・ライツ シバ シュリークス 高田渡 Dew 友川かずき 友部正人 都会の村人 トン・フー子 中川イサト 中川五郎 なぎら健壱 のこいのこ 野沢享司 長谷川きよし はちみつぱい鈴木慶一鈴木博文、本多信介、渡辺勝) はっぴいえんど 日野皓正クインテット ブルース・クリエーション ぼく 本田路津子 三上寛 ミッキー・カーチス

武蔵野タンポポ団 安田南 山平和彦 山本コータロー 吉田拓郎 乱魔堂 六文銭

 

乱魔堂「何の為に」第3回全日本フォークジャンボリーLIVE  

 

石川鷹彦 - 五輪真弓と共演

今田勝クインテット - 長谷川きよしと共演

小原礼 - ガロと共演

高中正義 - 岡林信康と共演

高橋幸宏 - ガロと共演

戸叶京助 - 岡林信康と共演

柳田ヒロ - 岡林信康と共演 

 

 

はっぴいえんど 当時、日本語をロックの音楽に乗せるのは不可能と言われていた。

日本ロック界のパイオニア

細野 晴臣(のちYMO結成)大瀧詠一松本隆鈴木茂が結成し3年活動した。

 

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我が心のピンボール 

 

 

中津川フォークジャンボリー'71 自転車に乗って、紙芝居